1/1ページ目 黴びたフランスパンが三分の一。エシレバターが塗られている。チャバネゴキブリの浮いたトマトスープは残り一口分。虫食いレタスが二枚に青虫の付いたトマトが少し残されたサラダ。 卓上に散乱する調味料。これはサフラン?鼻に刺さる香辛料のキツい臭い。それだけじゃない、"料理"から腐臭がする。 せり上がる胃液を唾液で押し戻す。 「こいし、ホラ。」 そういって姉が私に差し出してくれたのは腐りかけの肉。白と薄黄色くの蛆が、赤い肉を侵略している。 引きつった笑顔で受け取る。 足元にはお燐。もう喋らない。もう顔は分からない。喉からは蠅の羽音だけが聞こえる。腹には蛆を孕んでいた。 「確か、豚さんのお肉よ。美味しいから食べてみて。」 にこにこと笑う姉。肉塊を鷲掴みにして口に運んでいる。次から次へ。この笑顔は、あの頃と大した差は無い。それなのに、何故だろう。何かが違う気がするのだ。瞳の奥の違和感。 「う、うん。」 恐る恐る肉に口を近付ける。唇が震える。鼻腔と口腔へ侵入してくる耐え難い臭い。机の下の暗がりから、お燐が見つめている。濁った瞳で私を見る。 無理。 無理無理無理無理。 無理。無理無理。 無理無理無理無理無理無理無理無理無理。無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!! 齧ったふりをした。歯に少しだけ蛆が付いた。姉が笑った。「どう?美味しいでしょう。」って笑った。ごちそうさままであと何分? 「お姉ちゃんもどう?」 出来る限り笑った。 「いいのよこいし。遠慮しないで。」 姉の手には誰かの手。黒い羽が付着している。鳥の羽。烏の羽。 「私にはこれがあるから。」 姉の手にはあの子の手。黒い羽のあの子の手。鳥の手。烏の手。 茶褐色の液体が姉の口周りにこびり付いている。 ぺちゃぺちゃ。 ぺろぺろ。 「美味しいわ。ね、美味しいわ。こいし。ね。こいし。」 にこにこ。 けらけら。 無垢な姉の笑顔。狂気の笑顔。 心が読み取れない。 ごちそうさままであと何分? 「こいし、もうお腹いっぱいなの?」 「…うん。」 「そう。」 瞬間 姉の顔が変わった。般若のようになった。 そして食卓の上に並べてあったお皿を投げた。がしゃん。がちゃん。壁にぶつかる。お皿が割れる。ぱりん。割るよ。一瞬だけ姉の心が読めた。あれ、殺意。私の顔に蛆が張り付いた。次に血。次にお燐の頭。次にお空の足。塩が舞う。 「ご飯を残しちゃいけないんだよご飯を残しちゃいけないんだよこいし。ご飯を残しちゃこいし。ご飯を残しちゃいけないんだよこいしご飯をご飯を残しちゃいけないんだよ残しちゃいけないんだよこいし。」 けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけた 姉が笑う。けたけたけたけたけたけた般若の面影はもうない。何時の間にかもうない。それでもまだ、姉の手は止まらなかった。フォークが踊る。フランスパンは黴胞子を散らす。 「こいし食べなきゃご飯を食べなきゃご飯を残しちゃこいし食べなきゃ。こいし。」 いつからこうなってしまったんだろう。 いつから、いつから姉はこんな風に。 「こいし。しし。ししし。こいこいこい。こいしこしこいし。ここ。こいしここ。こしこい。こいこここいし。こいしししっし。」 あぁ、姉の心はもう無い。 ただ単語を発するだけのロボット。 あぁ。ああ。 「こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。」 私はコードを抜いた。 「こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。」 もう何も考えたくはない。 「こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。」 意味も無く漂っていたい。 「こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こいし。こ ごちそうさまでした。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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