ましゅまろ短編集

2013年08月05日(月)
【いつもの】

行きつけの喫茶店で、カフェオレを飲みながら小説を読むのが、僕の何よりの楽しみであった。

僕は照る日も曇る日も、毎回毎回、カフェオレを注文し続けた。

それは他でもない、あのメニューの為。

「いつもの」

メニュー表の一番隅に書いてあるそれが、僕は気になって仕方がないのだ。

値段はカフェオレとさして変わらない。

一体、どんなメニューなんだろう。

もう通いつめて1年になる。

そろそろ、頼んでもいいんじゃないだろうか。

今まではなんとなく、僕なんかが注文したらいけないような気がして、気が引けていたのだ。

つい最近、通うようになった僕なんかが…と。

しかし、僕は決めたのだ。

今日、注文しよう。

僕は右手を挙げ、ウェイトレスを呼び止めた。

人々の話し声が、やけに遠く聞こえる。

自分の鼓動だけが響いている。

「ご注文お伺いします」にこやかなウェイトレス。

僕は深呼吸を一つして、言った。「すみません、いつもの…」

ウェイトレスの表情が強ばっていた。

時が止まったようだった。

楽しく談笑していたはずの客達も、皆一斉にこちらを見た。

お前が?ウェイトレスの目が訴えている。お前が頼むの?

ウェイトレスだけじゃない。客達も、マスターさえも、彼らの目がそう訴えていた。

「や、やっぱり、カフェオレを…」気づくと僕は、そう呟いていた。

「かしこまりました、少々お待ちください」ぱああっと、にこやかな表情にもどるウェイトレス。

客達も、よかったよかったという感じで談笑にもどる。

マスターが、カフェオレを作り始める。

僕は、小説を開いた。内容なんか、ちっとも頭に入ってこない。

早かったんだ。僕にはまだ早かったんだ。

やがて、テーブルにちっぽけなカフェオレが置かれる。

「ごゆっくりお楽しみください」

一口飲んで、席を立った。

今日のカフェオレは、少ししょっぱい。






14:48
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