ましゅまろ短編集

2016年04月09日(土)
【没個性】

「個性って、一体なんだろう」
 か細い腕で、折り鶴を折っていた小夜子は、ポツリと呟いた。
 小夜子は私の幼馴染みで、生まれつき体が弱く、主に入退院を繰り返すばかりの人生であった。
 私は、折り鶴を折る手を止めずに答える。「考えたこともなかったよ」
「そう」残念そうに、小夜子が言う。「私は最近、そんなことばかり考えるよ」
 いつに無く弱気な小夜子に、私はようやく手を止めて、彼女を見た。小夜子も、私を見ていた。
「前はこんなに痩せていなかったのにとか、昔はどんなに歩き回っても疲れなかったのにとか、そんなことばかり考えるよ」小夜子が、ふぅと溜め息をつく。「どんどん私の個性が失われていく気がして、怖いよ。このままじゃ、無くなってしまう気がする。きっと、音もなく消え去って、同じようにそのまま、人の記憶からも消え去ってしまうのを待つだけなんだ」
 私は、どんな言葉をかけたらいいのか分からなくて、口をつぐんでいる。今更薄っぺらい励ましの言葉なんかかけたところで、なんの足しにもならないからだ。
 小夜子もそれを察したようで、話題を変えようと無理に笑顔を見せた。「最近は、外もすっかり暖かくなったね」
 きっと、小夜子は、私が彼女に愛想を尽かし、この病室を訪れなくなることが怖いのだ。だから、時折媚びるような態度をとる。
 本心を隠し、強引に話題を変えてまで、私を繋ぎ止めようとする。私は、それがとても嫌だった。
「あんた、そんな奴じゃなかったよ」私は、小夜子に吐き捨てる。
 凍りつく小夜子をよそに、私は続けた。「私がうんざりするくらい変な話を続けたり、体に触るからというのも聞かないで走り回ったり、そういう個性的なあんたが好きだったのに。他の誰でもない。あんたが、個性を殺したんだ」
 これ以上言ったらいけないと、どこか冷静な自分にすがる脆い理性を振り払う。私は止まらなかった。
「くだらない鶴なんか作って、なんになるんだ。こんな紙くずで、あんたの病気が治るのか。治らないなら、もっと他に何かあるでしょう」
 なんだこんなもの! と、完成しなかった折り鶴を床に叩きつける。
 失われていく小夜子の個性とは対称的に、私の中に、自分でも気がつかなかった感情が生まれている。それが怒りなのか、悔しさなのか分からずに、ただただ無抵抗な彼女にぶつける。
 貧弱な優越感が、彼女のやわな心をズタズタに引き裂き、その切れ間から溢れる涙に満足すると、私はようやく我に返る。
 ガラス玉のような小夜子の瞳が、ピシッと割れてしまうのではないかと思うほどの涙と共に、彼女が、譫言のように呟いた。
「貴方も、そんな人じゃ、なかったよ」
 
 

19:15
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