ましゅまろ短編集

2016年06月15日(水)
【ソリティア日和】


 物心ついた頃から、シェルターの中にいるトコにとって、生きた動物は何よりも憧れの強いものであった。というのも、彼女以外は、みんな機械で出来た作り物だからだ。
 体調管理はデジタルドクターが、栄養管理はデジタルシェフが、そしてデジタルティーチャーに教育を受けるといった具合で、彼らはパソコンのデータのみの存在なので、姿形はなく、よってトコだけが生き物であり、人間なのだった。
 独りぼっちの彼女は、ソリティアだけが生き甲斐で、モニター越しに赤と黒のカードをせっせと並び替えては、「友達」や「家族」が居ればきっともっと楽しいことが出来るのにと、見たことのない外の世界を一人で思案するのだった。

 トコが10歳にあったある日、ちょっとした事件がおこる。シェルターの中に、小鳥が迷いこんできたのだ。トコは生まれて初めて見た小さな生き物に、胸がほんわりと温まるのを感じた。
 小鳥は力強く羽ばたき、柔らかく着地しては、足下をつついていた。まじまじとそれを観察した後、賢い彼女は一つ疑問に感じることがあった。


 小鳥を掌に乗せ、その温もりをいとおしく思いながら、パソコンの前に座る。そして、その胸のモヤモヤとした疑問を、ディスプレイ越しに問いかけた。
「少なくとも、小鳥が問題なく生きていられるだけの環境があるのなら、なぜ私はシェルターにいるの?」

 デジタルドクターが、小鳥などいるはずがない、極度の妄想癖、情緒不安定、精神的疾患の疑いありと言う。
 デジタルシェフが、小鳥はいるはずがないけど、もしいるのならば、貴重なタンパク源だから、焼いて食べようと言う。
 デジタルティーチャーは、ただ一言、小鳥を早く外へ出しなさいと言う。

「どこから外へ出すの?」

 再び問いかけたその時、パソコンの前に座っていたトコの背後から、大きな音がした。決して開くことはないと思っていたシェルターの扉が、今開かれようとしている。しかし、完全に開ききることはなく、小鳥を逃がせるだけの隙間ができると、扉はピタリと動作を止めた。

 トコはその隙間から、初めて外の世界を覗き見た。

 外の世界にはーーーーーー。
 荒れた砂地に、扉を完全に開いたシェルターが、所狭しと並んでいた。そして、そのさらに向こうには、微かに緑が、自然があるように見えた。小鳥はきっと、あそこから飛んできたのだろう。
「皆、外へ出たのに、私一人だけがまだシェルターに居ることには誰も気づいていないのね」

 小さく呟きながら、10歳の賢い彼女には、それが一体何を意味するのかよくわかっていた。恐らく、彼女が憧れたような、「友達」「家族」といった生き物同士の繋がりが、長いシェルター暮らしで失われてしまったのだろう。
 だからきっと、彼女へ外へ出ても安全だと声をかけてくれるような親切で思いやりのある人間は居なかったのだろう。
 否、本当に安全ではないのだろう。思いやりの欠如した他人同士、一人と一人が同じ空間で生活したら、その先に何があるのか明らかだった。


 彼女は、少し考えてから、やがて、大人しく小鳥を逃がした。力強く羽ばたいた小鳥が、流れ弾で撃ち落とされたことには気がつかないまま、またパソコンの前に戻った。

 背後でシェルターが閉まりきった音がした。トコは、しばらくぼんやりとディスプレイを眺めていたが、やがて、いつもの調子に戻った。

「こんな日は、やっぱりソリティアだよね」

 ディスプレイが、ソリティアの画面に切り替わった。



11:41
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